オペラ「御柱」ヴォーカル譜 変遷

 

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      オペラ「御柱」ヴォーカル譜
          初版本

       

      オペラ「御柱」ヴォーカル譜
          04改訂版

       

      オペラ「御柱」ヴォーカル譜
          2021年校訂版

 
中村透作曲 オペラ 『御柱』ヴォーカル譜 2021年校訂版

 オペラ「御柱」は、4年の歳月をかけ準備を進め、平成10年(1998年)カノラホール開館10周年記念事業として初演された。その時使用したヴォーカル譜は作曲者自筆の手書き譜によるもので、22段の五線譜を使っての手書き楽譜は、合唱団員にとって読み解くにはかなりの労力、気力が必要で、歌えるまでに2年を要した。
第二回公演はそれから6年後の平成16年(2004年)だった。オペラ全体をコンパクトにする作業が行われ三幕六景が二幕五景に、ヴォーカル譜は中村先生のお弟子さんによりコンピュータ入力でデジタル化され、04改訂版として発行されたが、入力ミスや読み取りミスがあり、訂正用のプリントが配られ、団員それぞれが修正や書き込みをする事で、なんとか演奏に間に合わせた。
第三回公演は04改訂版が使用され、同じように各自で修正をしたが、訂正用プリントが前回とは違っていたり、はじめて参加する人との相違点を付き合わせることに時間をかけざるを得なかった。
第四回公演は04改訂版が使用され、同じように各自で修正をした。大変だったのがコレペティトゥアを務めたピアニストの方々。佐藤館長はプロの演奏家であり、オーケストラ楽譜の細部にわたって検証され、ヴォーカル譜のピアノ部分も数十箇所の訂正をした。
第五回公演を来年に控え、ホール手持ちのヴォーカル譜がなくなったこともあり、この際、問題箇所を修正し、2021年版を作ろうと提案、私が個人的に引き受けることにした。理由はこの04改訂版を中村先生のお弟子さんがどのようなアプリを使って楽譜を作成し、今どなたが管理しているかを知る人が、ホール側に誰もいないという事実があったからである。もし管理している人が判れば、アプリ上で修正が出来るのだが、全く手がかりがないという。こうなると修正方法は一つ、写真データとして電線を消したり、人の顔を入れ替えたり、加えたりすると同じ方法でやるしかないのである。
はじめに行う作業は、全ページの写真データ化である。ホールに残った04改訂版を一冊買いもとめ、綴じ部分を断裁、130枚に分解、裏表をスキャニングし260のJpgDataにすることだった。 修正作業後印刷した時にデジタルのギザがでないよう解像度も落とさず、音譜も明瞭に出るようスキャニングを行った。一方で、今回の公演を指揮する山上純司先生と、コレペティトゥアを務める岡崎花絵さんに、前回公演時にチェックされた修正箇所の赤ペンによる指摘をお願いした。前述の第四回公演時に修正したものを山上先生にチェックして頂いた。一ヶ月後、修正箇所のカラー付箋が付いた楽譜が戻ってきた。何と418箇所の修正指示だった。

指示例

 修正例

 さすがに400箇所以上の修正には2ヶ月ほど掛かった。一日4〜5時間の睡眠時間は知らぬ間に私の身体を蝕み、ある日突然言葉がうまく話せない、いわゆる呂律が回らない自分に唖然とし、10年前を思い起こした。あのときも父佐原永泉の回顧展の準備で睡眠が取れず、突然言葉が出なくなり、自分で湖畔病院の脳神経内科に向かうと、そのまま入院を強いられた。3週間の入院だった。幸い四肢には麻痺が出なかったので、言葉のリハビリを受けた。今回も全く同じ症状で岡谷病院に向かうと、やはりそのまま入院を強いられた。前回はラクナ脳梗塞、今回はそれより少し進んだアテローム血栓性脳梗塞。と言う診断だった。ベットの上で4種類の点滴を48時間打たれ、退院するまで毎日点滴2本を投与された。コロナ禍と言うことで家族にも会えず、携帯には会社の仕事の問い合わせが何回ともなく掛かってきた。いずれにしても身動きは取れず三週間を棒に振った。言語のリハビリを受けながら何とか退院、四肢には極軽い麻痺があり、スムースな歩きができないし、箸で細かなものがつかみずらくなってしまったが、そんなことを気にする間も無く修正の続きに取りかかった。400箇所の修正をし、一冊の楽譜を作り上げた。再校正を山上先生にお願いし、表紙を考えた。
 04改訂版の表紙はレザック(ラクダ色)に黒でオペラ御柱とタイトルが刷ってある簡素なものだった。いくら特厚のレザック紙でも、1年半使っていると汗と手油やほこりで手持ち部分は汚れ、削れてきたことを踏まえ、上質最厚紙にタイトルをカラーで刷り、マット加工するという方法を採った。手垢や汗で表紙が破れることはないだろう。
 二週間ほどで山上先生から再修正の楽譜が戻ってきた。細部の修正箇所の指摘が230箇所あり、その修正作業が三週間かかり、修正された部分の最終点検を再び山上先生にしていただき、いよいよ印刷Data作成に取りかかった。
 全ての頁にノンブルをふり、扉の入る箇所を指定(8箇所)用紙は楽譜に使われている書籍用紙を指定、冊数は200、納期は8月8日で直接ホールに送ってくれるよう指示を出し終了した。
 尚、例として写真掲載したように、流れ作業では、決して出来ない大変な修正作業であるが、ホール側にはこの修正作業に対する知識も、知ろうとする意識もないと見た。直しの予算がゼロであるという。印刷代しか予算を計上してないので、一切修正代は払えないし、Data作成費用も払えないという。自分としては身を粉にしてやったことに対するホール側の呆れた言い分に、どう対処すべきかしばらくは茫然自失状態であった。そこでせめて修正作業をしたことを最後のページに奥付として加えた。が、最終構成で奥付ページは削除され、残念ながら何時誰が修正して、2021年校訂版ができたのかは、誰にもわからないことになってしまった。・・・ 一年半に渡り全力でやったことを自画自賛し、今回の楽譜作りに掛かった手間暇、データ作りに掛かった費用すべてをボランティアとすることに決めた。
 200冊といえば3回分の楽譜が確保できたので、あと18年後の公演まで使用可能である。その頃は私はいないが、このオペラが続いていることを祈念して一連の作業を終了した。